ずっとサブカルにふれてたい中年オタクブログ

中年オタクが、映画やマンガ、ゲームなんかをレビューしてます。時間が無くてただクダを巻いてたりもします。平日は朝7時に記事が上がるようにしてます。よしなに。

【オジさん所感】ゲームの役割

多少の雨なら傘を差さずに早歩き、な中年m-zoです。

だから、かっぺって言われるんだよ。

今日はゲームの役割、というか私が求めてるもの。

 

■ゲームの役目

オジサンは大人になるまでにたーくさんのゲームをしてる。

楽しくて新しいナニカを求めてやってきた。

そのうちに人と対戦するゲームが増えて勝ち負けを競うようになった。

その後、協力するものが増えてゲームを通して

コミュニケーションを取るようになった。仲間ができた。

そして、今はゲームしたら感謝の対価を払うか

依存症のようにお金を払い続けるものになった。

 

■ふと考える

子どもの頃に言われてた「ゲームなんて・・・」は

正しかったのか。間違えてたのか。

今のオジさんから見えてるゲームの形は

相変わらず良悪付けれないものになっている。

娯楽の提供への対価を払うのはビジネスとして当たり前だし

依存したものに払い続けるのはもう病気である。

うん、良いものであり悪いものである。

 

■ただ思うのは

ゲームは好奇心を満たすものとしてはやっぱり優秀なのだ。

昨日の記事で書いた「World_for_Two」のように

現実とリンクしているものは知識が入った気がするし、それに集中するのだ。

出ているキャラクターが歴史上の人物や作家、偉人であれば

どんな人物か調べるだろう。

そうすると(オタク的)知的好奇心が補充される。

要は頭がよくなった、ような気がするのだ。

図鑑や辞典では好きな人以外はなかなかこうはならない。

 

■排除ではなく切っ掛けにする

ゲームだからと切り捨てるのはすぐにできるので

そのゲームから話題を広げれる人になれれば

ゲームの役割は知識の切っ掛けとなっていくのではないか、と。

もちろん、そういうことができないゲームもある。

だが、それを見つけておけるのが大人のゲーマーではないか、と

思ってたりする。

 

■オマケ

ただ、時間効率が悪すぎる(拘束時間が長すぎる)ので

やっぱり今は悪寄りになってるよなぁ。クイズゲーとかもガチャゲーばっかりだし。

もうちょっとメリットがないとまだ悪役のままだな。