ずっとサブカルにふれてたい中年オタクブログ

中年オタクが、映画やマンガ、ゲームなんかをレビューしてます。時間が無くてただクダを巻いてたりもします。平日は朝7時に記事が上がるようにしてます。よしなに。

【オジさん指南】人が言語を使うのは物と気持ちを共有するため

気になったことは考えてある程度答えを出さないと気が済まない中年m-zoです。

今日は言語の話。

 

某怒られ番組で「人は言語ないと意思疎通できない」との話があったそうだ。

・・・興味深い。実に興味深い。

確かに人は言語(言葉)で意思疎通する。

では、動物はどうか。

鳴き声や動作で意思疎通する。

ちなみに人も声のトーンやボディランゲージも意思疎通に使っていることから

言語と動作で意思疎通しているといえる。

では、何故人は言語を使うのか。

 

少し考えの切り口を変えてみる。

「言語がなしで意思疎通するとどんなことが通じなくなるか」

まず出来なくなることは細かい気持ちを伝えること、

その後「何かを使った行動」とその説明かと。

例えば、パソコンを使うことを声を出さずに説明できるか。

また、文章を打つならどんな感じで打ってほしいのか。

言葉なしでは途端に難しくなると考えられる。

 

 

ただ、言語の曲者感はこれである。

「行動」を説明する際に「気持ち」も乗せられるため

ほとんど同じ意味の言葉でも伝わり方が違う、というのは多々あるのだ。

IT技術屋の定義書や仕様書、設計書が言葉遊びのようになって

「こういう意味とは読み取れなかった」という

バグの原因となっていて確認すると

「こういう気持ちを込めた」みたいな話になっていることを時折見る。

 

なので、言語は物事の共有だけではなく

気持ちも共有していることを忘れないようにしたい。

特にビジネスパーソンは「報連相」しろとよく言われるが

「報連」で物事だけでなく、言葉選びから気持ちもくみ取れなければ

「相」されても本音が見えないのだ。

こういうところに現代社会の齟齬、コミュニケーション不足ってやつが

隠れているのだと。

 

私も注意します。はい・・・。

・・・自分で書いたもので自分を切ってしまった。