ずっとサブカルにふれてたい中年オタクブログ

中年オタクが、映画やマンガ、ゲームなんかをレビューしてます。時間が無くてただクダを巻いてたりもします。平日は朝7時に記事が上がるようにしてます。よしなに。

【オジさんナレッジ】客観的な「作る」は主観の「直す」を含める

最近思ったことを書いておく。結構常識を知らなかった自分への戒め。

 

「作る」という行為の魅力感はスゴいもので

プログラマとかSEとかがパソコンでなんか作れるカッコいい職業に

見えてた(過去形)時代があった。

私自身はパソコンがおもちゃにしか見えてなかったので

おもちゃをずっと触ってられる仕事したい、というこの業界にいます。

 

ただ、仕事をしながら我に返ったとき

「私は作ってるのだろうか」と思ったことが多々。

仕様書を貰って過去の設計やツールの仕様を参考に設計書を書く。

設計書を見て既存のコードを修正する。

これって「作ってる」の?と実は結構モヤモヤしてて。

 

んで、全くそういう仕事を理解してない家族に話した。

すると「0→1が作る、と認識してると違うよね」と返ってきた。

なるほど。

つまり、世の中の「直す」は元があることが前提なのだ、と。

 

そこから「作る」仕事は主観と客観で大きく異なるのだということに気が付かされた。

仕様書からの設計書作成や設計書からのコード記述は主観だと変換している、

つまり「直している(に近い)」が

客観だと「作っている」に含まれている。

そこを私はゴチャゴチャに捉えていたのだ。

まったく齢40近くまでなってこんなことすら分かってないとは情けない・・・。

と、ションボリ気味な本日でした。

 

あっ、そういう意味では元あるものに手を入れる方が好きです。

理解して直してするのってなんかパズルみたいじゃありません?