ずっとサブカルにふれてたい中年オタクブログ

仕事で忙殺され気味の中年オタクが、映画やマンガ、各種ゲーム等をレビューしてます。時間が無くてただクダを巻いてます。

【オジさん所感】今のゲームと幾万年

今日はほわわん、と思いついたことを書く。

 

 

いつものようにスマホでプリコネをしながらふと思う。

今のゲームって便利になったよなぁ、と。

必要な連絡手段にくっついてるのでなくせないし

昔はカードリッジやディスクじゃないから場所も取らない。

通信さえある程度確立できてるとプレーできるのだ。素晴らしい。

もう本もめんどくさくなって処分してしまった私にとって

本は借りるもの、ゲームはスマホ、となってしまった。

 

そんな私に「本は買えよ」と友人A。

いや、確かに書いた人へのペイだよね。

それに持ってるって気持ちいいしね。

形に残っているって素晴らしい。

だが、断る。生活スペースが広いほうが重要。

 

ただ、本は奇跡的に時代を超えて残る可能性がある。

数百年後の人間が「この時代はどんな本を読んでたのかな?」と

研究するかも知れぬ。

そんなことを思ったときにふと目に付くスマホ。ゲームはどうだろうか。

今はきっとクラウド上に分散されて保存されているデータ。

幾万年後に知的生命体が文明の滅んだ地球でHDDを見つけて解析をしたとき

そのデータは部分でしかない。

読み取れない、よくわからない0と1の羅列。

つまりノイズ扱いとなるわけだ。

こう考えると今のゲームはノイズだと言わんばかりだ。

 

形で残らないものは便利で有用だが、残らないのだ。

そしてつながりを失うともうつなぎ直せない。なんと儚いものだろう。

といってもそれを使う人間とて100年も持たずにいなくなるんですがね。

あぁ、儚い。

 

と、文明の儚さが加速してるような現代を少し思う残業な中年でした。