ずっとサブカルにふれてたい中年オタクブログ

仕事で忙殺され気味の中年オタクが、映画やマンガ、各種ゲーム等をレビューしてます。時間が無くてただクダを巻いてます。

【思ったこと】課金と思考

スマゲは課金をする、しない、で電子上は揉めたり争ったりしている。

課金は企業にとってはビジネスでしかないので

そこで稼ぐことを考えているゲームを作った会社としては

「如何に課金させるか」は永遠の命題であると思われる。

 

そうやってみると「コンテンツ(ガチャ)に課金させる」は

ビジネス的には素晴らしいと思う。

企業側がどうとでもできるガチャに

お金を入れたいと思わせなければならないのだから。

また「課金しないとできないことがある」タイプも同様で

これは優越感を買っていると言えるだろう。

なので、コンテンツパワーや勢いがなくなったら終わるタイプである。 

 

次に「時短させる部分に課金させる」タイプ。

これは一気に儲けるより長くコンテンツを必要とする。

企業の本気でこのゲームを作り続ける意思がなければできない手法である。

なので、平均的な儲けがある程度出ていなければ

ジリ貧になって終えなければいけなくなるタイプともいえる。

 

最後に「そもそもゲームを買わなきゃできない」タイプ。

このタイプはゲームを作っている会社でなければならない型である。

昨今はネットワークが発達したためボロいものを作れば一瞬で叩かれ在庫となる。

会社の本気と戦略が試されるタイプともいえる。

 

優越感のために課金して勝てない相手が出ると止めちゃうし

あまり時間が掛かり過ぎると飽きられる。

 課金しないと勝てないゲームやつまらないゲームはネットのおかげ?で

すぐに広まってしまう。

(人の噂もなんとやら、で燃えてもすぐ鎮火するわけですが)

 

ただ、気になるのは、「ユーザ自身が何に課金しているか」を

認識していないような気がする。

どのスタイルでもそうだが、電子データは劣化しないので

いつまでも手の中にあるとそのこと自体に満足して

何を買ったのか、を理解せずに、できずに

ただ買ったことだけの満足感を次へ次へ、と求めてしまう。

そして、手の中にあるから同じ価値があると思い続けて

止めれなくなってしまっている。

そこが課金が闇と言われる根本の一部だと自分は思っている。

 

これって今の世の中のいろんな問題の一部でもあると思う。

自分の行動や発言の効果を理解していない、

その行為自体をちょっと離れて見れない。

また、いつまでも過去の栄光や昔を握って夢見ている。

人は立ち位置や歳が多少違っていてもあまり変わらないものだなぁ、と

思ってしまうわけである。

 

まぁ、自分の高慢な思い込みで同じようなミスをする私が言えた台詞では

ないと思うけど、ちょっと降りてきたので書いた。

後悔しかしてない!